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料理人を志したきっかけは、幼少期に訪れたレストランだった。「実は子どもの頃、外食をする機会が少なかったんです。ですから、たまにお店で食事をすることになった時は、とってもうれしくって。ハンバーグやエビフライなど、日頃、家の食卓に上るようなメニューでも、レストランで食べると、まるで違う食べ物のように感じたんです。一つ一つの料理が輝いて見えました」
味はもちろんのこと、盛り付けやサービスなど、家庭とはひと味違う食卓に向き合うことは、幼少期の彼女にとって幸せなことだった。
そんな漠然とながらも、外食というハレの料理に対する気持ちが膨らみ続けたことから、次第に橋本さんは、同じ料理であってもどうして家庭と店では異なるように感じるのかを考え始めるようになった。そして、それが何なのか知りたいという思いにかられ、料理の道を志すことを決心。高校卒業後と同時に料理の専門学校へ進学したのだ。
卒業後は、パスタ専門店へ就職。最初の1年は料理人としてよりも社会人として学ぶことが多く必死だった。円滑に周囲と関わりながら仕事をこなすことだけに追われる日々。しかし、振り返ると、相手の立場になって考えること、きちんと意思を伝えることなど、仕事をするための土台がこの時期に作られたという。
3年程たち、仕事をするということに慣れてきたところで、技術的にも知識的にも、もっと向上したいと考え、同系列のカルフォルニアフレンチの店へ移動した。パスタとピッツァ以外の仕事をしてこなかった彼女にとっては、また一から出直しのような状態であったが、確実に学習。ここで、多人数に同時にクオリティを保った料理を提供するすべを身に付け、プロの料理人としての土台ができ上がる。その後も大手チェーンを渡り歩くが、プロとして安定した料理を提供することだけでは、どこか満たされない気持ちを抱くようになり、仕事を終え家に帰ると、フランス料理の専門書を紐解き探究心を持って学ぶようになる。
そうした中、シェフの色を明確に出したフランス料理を提供する店で勤めることになり、料理の基本を再確認することとなる。大型店では効率を考え省略してきた過程が、本来、全て必要だから存在していることを実感し、ちゃんと作ることの意味が見えてくるようになる。モチベーションも上がり、自分の進むべき道が、見えてきたところではあったが、ここも諸事情によるシェフの退店に伴い辞めることになる。
「ちゃんと料理を向き合いたい」。やっと明確なスタンスが決まった矢先のことであったが、そんな彼女の姿勢を見ていた男がいた。「ビストロ ヴァンテール」のオープン準備を控えた支配人、清水晃太郎さんである。橋本さんが、20歳頃から通っていたワインバーのソムリエであり、ワインや料理のことを教えてくれていた憧れの人物だ。フランス修業後、札幌に戻ってきた清水さんの「いっしょに店やろうよ」との言葉に2つ返事をすると、オープン前に修業に行くよう言い渡される。そして、訪れたのが東京の「サラマンジェ ド イザシ ワキサカ」だった。
オーナー・シェフの脇坂シェフの下で過ごした1ヶ月は橋本さんにとって充実していた。店の手伝いをしてから様々なことを教わり、終電で帰ってからも家で復習の繰り返し。忙しい中にも料理人としての楽しさを見い出していた。そんな短期修行も終了。「ビストロ ヴァンテール」の開店を迎えた時、橋本さんは店の厨房に立っていた。
今は札幌のフランス料理店を代表するような店にしたいという想いでいっぱいだという。そう語る姿は、料理人としてはもちろん、同店のスタッフとしての誇りと自信に満ち溢れていた。
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料理人 橋本恵里香さん ビストロ ヴァンテール スーシェフ 1976年生。札幌出身。高校卒業後、光塩学園にて西洋料理を専攻。卒業後、複数の飲食店を経て、2008年5月のビストロ ヴァンテール立ち上げよりスーシェフとして勤務。 ●ビストロ ヴァンテール 札幌市中央区南3条西2丁目 KT3条ビル1F |
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