"rouge"は「口紅」の意であり、キュートでセクシーな女性を象徴。
"non"を付けることで、「素顔の」「本音の」という気持ちを込めました。

女流建築家として注目を集める「ヒノデザインアソシエイツ」代表の日野桂子さんは、13歳のとき、父親の転勤に伴い生まれた札幌から釧路を経て、函館へと移り住んだ。  函館は北海道の中でもとりわけ歴史的な風情をただよわせる港町。古くからの建造物が、街並をより魅力的なものにしている。日野さんが進学した遺愛女子高校の築100年を越す木造の校舎もそのひとつ。日々、歴史的な建造物に囲まれて生活する中、知らず知らずのうちに彼女は建築の世界に惹き込まれていた。高校卒業後、短大の建設科建築デザインコースへと進学。学業へ励むとともに、設計事務所でのアルバイトをするなど、その奥深さへ没頭していくこととなる。

卒業後は、官公庁、学校、公団などの仕事を中心に手がける(株)岩見田建築設計事務所へ就職。最初は目先に業務にひたすら追われ、とにかく実務的なことを学ぶだけで精一杯。しかし、そんな生活を続けて3年を過ぎた頃、彼女の中にある思いが生じた。設計を通じてもっと直接、人と触れあい、感動を与えられる仕事ができるのではないか、と。そこで、住宅を中心に手がける一級建築設計事務所アトリエアム(株)へ転職したのだ。  個人の要望が直接設計に反映する住宅デザインは、官公庁、学校、公団に比べてよりディテールを重視される。同じ設計の世界とはいえ、仕事の性質は幾分異なり、一から覚えることばかり。上司から厳しく指導されることの連続だった。しかし、その中で、「もっとやっていきたい」という向上心に火が付き、負けず嫌いな自分を発見していく。そして、何より、苦労の末、完成し引き渡しのときにお客様からこぼれる笑顔に自分の進む道はここだと確信を持ったのだ。この頃から、前職、(株)岩見田建築設計事務所の先輩で、後のご主人となる日野弘史さんとお付き合いがスタート。仕事に関しては適切なアドバイスをくれる良い先輩として、趣味の音楽鑑賞を通じては気の合う仲間として関係を深めてゆき、27歳で結婚した。  この結婚により接することとなった愛情豊かな彼の実家の環境は彼女の家族観、仕事観に多くの影響を与えた。彼女自身、専業主婦の母のもと、育てられたこともあり、将来、子供が出来たら仕事の両立は難しいのではないか、と考えていた。ところが、義母の仕事をしながらも、愛情たっぷりの家庭を築いている姿にその考えを改めさせられたのだ。  四六時中、一緒にいることがすべてではない。一緒にいる時間の過ごし方が大切であることを教えられる。そして、日野家の一員となれたことを、心から嬉しく思ったという。  また、建築デザインにおいても、様々なスタイルでの暮らしや、家族のあり方など、建物の中で暮らす人をより具体的にイメージするようになる。

 


 しかし、結婚して6年目、弘史さんが癌を発病。半年に及ぶ入院と3回もの手術。朝、夕と病院へ通う毎日の中、彼女の中に急激に妻という自覚が芽生えた。病床で弘史さんを支えていたのは、元気になった、自分のデザインをこれまで以上に積極的に手掛けていきたいということ。その思いを同じ建築家としてはもちろん、妻として受け止めた。そして、退院を迎え、体調が回復に向かったので晴れて半年後、「ヒノデザインアソシエイツ」を設立した。ところが、設立1年後、元気になった思っていた弘史さんの体調にまた異変が。その後、入退院の繰り返しで順風満帆とはいかなかった。

 忙しくも充実した幸せな日々は長く続かなかった。2002年の7月、癌の転移から36歳の若さで弘史さんが他界。病気の辛さを見せることなく、病床でも打ち合わせを続け、建築に対する意欲を失わなかった彼の意思を継ぎ、「ヒノデザインアソシエイツ」代表となる。そして同年12月、亡くなる前に完成させた実施設計図面の店鋪併用住宅を桂子さんが設計監理して完成させる。完成した建物を見て、心の中で熱いものを感じたという。残されたスケッチや、交わした会話などを振り返りつつ、彼が作りたかったものを思い浮かべながら完成させた仕事だけに、その感慨は大きかった。さらに03年には共作の住宅が「きらりと光る北の建築賞」受賞する。  その後も迷うと、彼だったらどう考えるだろうと想像することがあるというが、翌年の04年、2年連続の快挙となる「きらりと光る北の建築賞」を受賞したことで、本当の意味で「ヒノデザインアソシエイツ」の顔となる。  デスクの上の彼の写真を目にやり、彼には今の私を褒めてほしいと笑う彼女は、素晴らしい思い出をしっかりと胸に抱きながら、確実に前へと進んでいるようだ。

建築家 日野桂子さん

一級建築士事務所「ヒノデザインアソシエイツ」代表。日本建築家協会会員 1967年生。札幌出身。1988年道都大学短期大学部建設科建築デザインコース卒業。岩見田建築設計事務所、一級建築設計事務所アトリエアムを経て1999年よりヒノデザインアソシエイツ所属。2002年より同事務所代表に。2003年「きらりと光る北の建築賞」受賞。翌2005年同賞を2年連続受賞。2007年建築家のあかりコンペ入賞(日本建築家協会) ヒノデザインアソシエイツ
札幌市中央区宮ヶ丘2丁目1‐2
 ヒルサイドテラス3F