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「6歳の頃、友人が習っていたのがきっかけでモダンバレエ教室に通っていました。両親の勧めで他の習い事もしてましたが、自分の意志で始めたのはバレエだけ。バレエはどんなに練習がきつくても舞台で踊っているときの高揚感、踊り終えた達成感に魅了され、続けていました」。
プロダンサーを夢見て自主トレーニングも毎日何時間も行った。「さぼると周囲に置いていかれてしまうという思いと、いま頑張ればこの先きっといいことがあるはず、その気持ちが私自身を動かしていました」。
師事していた恩師は、彼女にとって大きな存在だった。
「アメとムチの使い分け上手の方で、生徒一人ひとりとしっかり向き合っていました。そんな先生に長く教えて頂いているうちに、私を含め生徒みんながバレエはもちろん人間的に成長していくのを感じ、指導はその競技を教えるのみならず、人を変えていく力があるのではと感じ、教える側に関心を持ち始めました」。
彼女が高校生のころ初めて4歳の女の子を指導する立場に。バレエの扉を開いたばかりの幼い子にとって、バレエを好きになり成長するもしないも彼女の責任は大きかった。指導する側に立ったことで、改めて教える立場になるまで自分を育ててくれた先生への感謝の気持ちを強く感じたという。
「短大卒業後は、晴れて先生の所に弟子入りしました。朝早く教室に行き掃除を行い、生徒指導や練習だけではなく全て仕事でしたね。一見、雑用的なこともピカピカになったスタジオで踊る生徒を見てバレエに仕事として関わっているんだと実感しました」 彼女は「私は私」と自分自身のスタイルを貫く性格。前向きな姿勢は踊りの幅を広げ自分でプロデュースする創作ダンスにも挑戦するようになる。創作ダンスは踊り、音楽、照明、衣装、何かひとつが優れていても良い作品にならず全ての均整がとれてはじめて優れた作品が生み出せるもの。チームワークの大切さと作品を客観的に見る目を養えたという。
「しばらくは作品発表に力を入れていましたが22歳の頃、留学をしたいと考えはじめました。やはり本場で本物に触れて成長したいという気持ちが強かったんですね」。
そしてニューヨークにある国際ダンススクールの「Peridance Center」に入学。技術を身につけ、舞台をとことん見に行きプロの踊りを目に焼きつけ自分の作品に深みを増していく。
「作品は、意識してつくるというわけではなく実体験から生まれます。例えばニューヨークでは多くの出会いと別れがあり、その中から気付くこともあり幅が広がりましたね。レッスンはがむしゃらに1日6〜7講座もとってました。若さのなせる技です」。
しかし知らずのうちに無理が重なり腰を痛めてしまう。培ったキャリア、今後を考えると不安でたまらず、様々な治療を続けたが成果が上がらないなか、友人にピラティスを勧められる。
「最初は辛く感じましたが続けていくうちに腰の痛みが和らいでいったんです。治ったことが嬉しかったばかりではなく内から健康になるのを実感し、これだ! と思いました。同じ悩みを抱えている人に広めたいと思い、資格を習得しようと決意したんです」。
ピラティスにより新たな目標を見出した彼女。そしてピラティス専門スクールの「Kane School」で認定資格を取得して帰国。TERU Pilates&Dance Schoolを開校する。
「ピラティスは『考えるエクササイズ』ともいわれ、常に自分の骨や筋肉を意識しながら行います。現在ブームとなっていますが、一過性のもので終わらない素晴らしさがあります。そしていずれは、ピラティスとダンスの総合的なスクールを確立させることが現在の私の目標です」。
彼女は同スクール以外にも、より多くの人々に内側から健康な体をつくる素晴らしさを実感して欲しいという強い思いから札幌中心部にも「TERU Pilates&Dance School グランドホテル前校」をオープンさせた。そんな彼女の今後の展望は。
「私にとってピラティスとダンスはライフスタイルのひとつで、当たり前のようにあるもの。身体が動くうちはずっと続けていきます。今も様々な生徒さんと向き合うことで立ち止まってしまうこともあります。でも、今が辛くても頑張ればいいことがある、ダンスとケガを経て得たピラティスがそれを教えてくれたんです。その気持ちは変わらずに持ち続けていきたいですね」。
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塚本 照子さん
TERUKO TSUKAMOTO TERU Pilates&Dance School代表/ ピラティストレーナー 札幌市中央区南1条西22丁目1‐18 ビルド裏参道2F TEL.011‐633‐0001 |
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