"rouge"は「口紅」の意であり、キュートでセクシーな女性を象徴。
"non"を付けることで、「素顔の」「本音の」という気持ちを込めました。

ノン・ルージュな彼女vol.12 何度も何度も登頂を重ねていくと成功する秘訣が見えてくるんです 高橋留智亜さん

自然を求めるための登山から世界最高峰登頂までの道のり

道内最大のスポーツクライミングジム「レインボークリフ」で常務取締役として経営に携わるかたわら、チーフインストラクターとして活躍しているのが高橋留智亜さん。スポーツクライミングとはロッククライミングから発展したもので、人工的に造られた壁を登るスポーツ。現在では競技としても発展しており、レインボークリフでもジャパンカップが開催された。彼女がスポーツクライミングに出会い指導者になるまでの過程は、大学時代に入った山岳部から始まった。
  「地元の斜里町を離れて北海学園大学に入学したんですが、大自然の中で育った私がビルに囲まれた都会の環境に馴染めず疲れてしまったというのが山岳部に入ったキッカケでしょうか。在学3年目で入ったのですが、これで登山の楽しさにハマってしまいました」。
  大雪や十勝など北海道の山をテントを担ぎながらの縦走登山をこなし登山の楽しさに目覚めた彼女は、大学を卒業しOLとして働いてからも登山を続けた。
  「働いてからもハイキング程度の登山は続けてたんですが、30歳を過ぎてふとヒマラヤに登りたいという衝動にかられたんですね。そこで札幌の社会人山岳会に入会したんです。それからは縦走登山や沢登り、岩登り、アイスクライミングなどヒマラヤを視野に入れた本格的な登山を始めたんです。スポーツクライミングを知り、始めたのもこの頃からですね」。
  山岳会への入会から2年後、念願だった初めての海外登山として、ヒマラヤのメラピーク(6437m)への冬季登頂。同年、マナスル北峰(7157m)に日本初、女性としては世界初の登頂に成功。2000年には世界最高峰のエベレスト(8848m)に日本人女性としては4人目の登頂、2002年にはテンギ・ラギ・タウ(6943m)に副隊長として世界初の登頂をするなど、計10回以上の海外登頂という輝かしい実績を残している。

今度はインストラクターとしてオリンピック選手を育てたい

「私がスポーツクライミングを始めたのは年齢的にも遅かったので、アスリートとしての道は選べませんでした。それよりもヒマラヤに登る為のトレーニングという意味合いが強かったですね。今のジムを始めてからは昨年パキスタンに行っただけで、なかなか海外遠征に行く暇がありませんけど、理想は1年12ケ月分の仕事を10ケ月ですれば山に行けるってことでしょうか(笑)」。
  現在インストラクターとしてスポーツクライミングの指導にあたる高橋さん。その思いは…。

「今、私のジムに通ってくれている人は2〜70歳くらい、体重で言うと12 kgから120kgくらいまでと幅広いんです。実際の登山と違って危険性があまりないので誰にでも自分のペースで楽しめるんですね。とにかく、このスポーツの良さ、楽しさを伝えたい。もちろんアスリートを目指したいという人には本格的な指導もしますよ。実際、私の教え子なんですが、アジアユースでジュニアBクラス2位になった子もいます。これからの目標はここからオリンピック選手を出してみたい。もちろん自分ひとりで育てられるわけがないというのはわかってるんです。あくまでも開拓者として関わっていければいいと思っているんです。あと個人的には、ヒマラヤの8000m級の山にもう一度登りたいですね」。
高橋 留智亜さん
RUCHIA TAKAHASHI

スポーツクライミングジム
「レインボークリフ」チーフインストラクター
札幌市白石区東札幌2条2丁目3ー26
TEL.011ー817ー5001