"rouge"は「口紅」の意であり、キュートでセクシーな女性を象徴。
"non"を付けることで、「素顔の」「本音の」という気持ちを込めました。

ノン・ルージュな彼女vol.9 恋やバイト、全ての日常も歌を表現する為の原動力に。 柳生たみさん

遊びに明け暮れた高校時代夢の実現の為に昭和音大へ

柳生たみさんは二年前に昭和音楽大学を卒業し、現在オペラ歌手を目指して修行中の24歳。まずは、彼女がこの世界を志したキッカケとなった中学生時代にまでさかのぼってみよう。
元々「友達もいない暗い子だった」という校内でも目立たない存在の彼女。以前からピアノを習ったり歌が好きだったこともあり、一応は合唱部に所属するもさぼりがちの毎日だった。
「そんな私でも可愛がってくれて、君は歌をやりなさいとアドバイスしてくれた先生がいたんです。私が2年の時に定年退職したんですけど、その後に非常勤で入ってきた先生が、その先生の奥さんで、やはり同じ事を言われたんですね」これで歌に再度興味を持った彼女は、その先生の紹介で武蔵野音大出の講師に個人レッスンを受けることとなった。この時、彼女は高校1年生。

10代の時のイタリアオペラコンサート
歌のレッスンに励むかたわら、他の女子高生同様遊びに目覚めたのも、この時期。友達とカラオケに行ったり多くの恋を経験したのもこの頃。「とにかくレッスンより遊びに夢中でしたね。3年間、毎日暗くなるまで遊んで、恋もしまくってました(笑)」 しかし時は進路を決めなければならない高3。歌の世界で生きるため音大に進むべきかギリギリまで悩む日々。
それは願書提出の2週間前まで続くが、結局彼女が出した結論は、自身が憧れるイタリアオペラに力を入れていた昭和音楽大学声楽科への進学だった。 「学校での勉強はもちろんですけど、寮での生活も厳しかったですね。毎朝7時起床で、まずは寮中の掃除から始まるんです。10部屋くらいあったんですけど、髪の毛1本でも落ちてたら全部最初からやり直しですから。でも周りもみんな目指す目的が一緒だから悩みも一緒で、これで仲のいい友達ができたのが良かったですね」と振り返る。大学4年時には憧れのイタリアへオペラ実習に行くなど、次第に声楽家へのステップを少しずつ歩んでいった。

フリーター生活をしながら長く辛い声楽家修行の日々

無事大学を卒業し札幌へ戻るものの、今度はすぐに声楽家としては食べていけない現実に直面する。歌の世界は他の楽器と違いスパンが長く、30歳を超えてようやく安定してくるものだという。それでも舞台など歌で生計を立てていけるのは、ほんの一部の成功者だけなのだ。彼女が目指すのは、もちろんそこ。
「今は、とにかく勉強の毎日ですね。発声や歌の練習をしなけりゃならないので、フリーターをしながらの生活です。現実は厳しいですね」と現在は苦労の日々。毎週、土・日曜は教会で聖歌隊を務めるなど、歌うことを仕事にできる実感も味わっているが、それ以外でも様々な職種のバイトをこなし、職場での人間関係の表裏、心の奥底にあるドロドロとした部分すらも歌の表現力に生かす原動力にしようと常に向上心は忘れない。

2004年札幌修了公演の楽屋にて
目下の彼女の目標はイタリアにオペラ留学すること。「20代で1回行って、30代で長期でというのが目標です。オペラは日本の文化じゃないから、やっぱり現地で学びたい。イタリア人の何倍もうまくならなけりゃ認めてもらえませんから」と決意を語る。その為に歌の練習以外にも、欧米人に比べ骨格の違う日本人のハンデを克服しようとバレエやヨガで呼吸法を「将来的には常に舞台で歌っている人間でありたいと思ってます。本当の歌が歌えればお金になろうが、ならまいが関係ないんです。そしてオペラって難しくないんだということも伝えていきたい。決して年輩の女性が毛皮を着て行くようなものじゃなく、ケミストリーのコンサートに行くような感覚で気軽にワクワクして楽しめるものだってことを知ってほしいんです」彼女の夢への第一歩は、まだ始まったばかりだ。
柳生 たみさん
Yagyu Tami

声楽家修行中