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フードコーディネーターとは、料理分野における演出家のような存在だ。飲食店のメニューの考案、食をテーマにしたイベントなどの企画、食品メーカーの新商品開発など食に関してトータルプロデュースするという役割を担うほか、テレビや雑誌などのメディアの業界では、目的に応じて食材の吟味から料理を魅力的に見せるための味つけや香り、盛り付けなど視覚的に料理のおいしさを演出。テレビの世界では、もはやフードコーディネーターなしに料理コーナーは成立しない、とまで言われるほどだ。昨今誕生した新しい「お仕事」というよりも、時代のニーズに応じてジャンルとして確立した、というのが正確なところなのかもしれない高橋さんのフードコーディネーターとしてのキャリアは北海道文化放送(UHB)の人気番組「のりゆきのトークDE北海道」の料理コーナー「のりさんこれ食べて」の専属ディレクターからスタート。それをきっかけに料理分野のエキスパート・ディレクターとして知識を高め、調理師の資格を取り、気付けば現在のフードコーディネーターという地位をたどり着いたのだ。情報番組「えきニジ」「タカ&トシのどぉーだ」といったテレビ番組をはじめ、CMや店舗プロデュースなど、フードコーディネーターとして活躍している。
そんな彼女であるが、実のところ、フードコーディネーターの道をまっしぐらに突き進んで来たわけではない。彼女のフードコーディネーターの素質は、子供の頃から父親の手によって、意外な形で本人も知らず知らずのうちに磨かれていたのだった。
憧れだったテレビ番組の制作に携わる中。ADとして5年を過ごした頃だろうか。キャリアを重ねるにしたがって彼女の中に素朴な疑問が芽生え始めた。テレビの番組制作の仕事をこなすうちに、もしかして自分には他に向いている仕事があるのではないか、と。
転機は突如、訪れた。そんな彼女の悩みを察するかのようなタイミングで、料理コーナーのディレクターの話しを持ちかけられたのだ。それが当時、UHBの看板番組にもなっていた「のりゆきのトークDE北海道」だった。
「元々、興味もあったし、面白そうなので、やってみることにしたんです」
料理というジャンルは、彼女をディレクターとして開眼させる大きなきっかけとなった。実は、彼女には料理に関して、特別な環境で育ってきたというバックグラウンドがあった。子供頃から、料理に向き合う父親の真摯な姿を眺めてきたのだ。
焼き鳥をピザ風に仕上げたり、新しい食材を重ね合わせたり、メニューへの探求心は尽きることない。味はもちろんのこと、見た目にも楽しませる工夫が施されていた。新しいメニューが完成しては、子供たちの友達を集めて試食会を兼ねて振る舞い、その様子をつぶさに観察。子供たちの素直な反応で感触を確かめながら、さらなるメニューの開発を進めていたのだ。
その探求心は調理への姿勢にも発揮される。高橋さんにお菓子づくりを教えてくれる際も、すぐに作業をさせてくれはしない。まずレシピを熟読させ、料理を制作する上で必要ものが何なのかを吟味させた。そういった料理へのアプローチの手法は高橋さん自身にも刷り込まれていたのだ。
「遊びながらの中でも、準備から後片付けまでが料理というふうに教えられました。当時は、それが何なのかは分かりませんでした。新しいメニューを考えたり、調理方法から料理が出されるまでの段取りを付けたり、今、思えば父がやっていたことって、フードコーディネーターそのものなんですよね。私は父親から、知らないうちに『フードコーディネーター道』を叩き込まれていたのかもしれませんね」
考案したメニューをどう魅せるのか迷った時は、今でも迷わず父親に相談を持ちかける。どんな時でも、父親は適切な答えを導き出してくれるという。そして、こう言う。「お前は俺がやりたかった仕事をしている」と。そんな時、高橋さんはこの仕事に巡り会えて良かったと思うそうだ。
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フードコーディネーター 高橋 朋子さん 1974年生まれ、札幌市出身。テレビ番組「のりゆきのトークDE北海道」(UHB)の料理コーナー「のりのりチューボー」のほか、雑誌・CMなど、フードコーディネーターとして活躍中。調理師、フードスタイリスト、カラーコーディネーターの資格も持ち、東区の「おにぎりテイクアンド&カフェ COCCO」の店舗プロデュースを手掛けた。 |
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